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横浜地方裁判所 昭和58年(行ウ)18号 判決

原告

(旧商号山一商事有限会社)青鋼運輸株式会社

右代表者代表取締役

阿部幸志

右訴訟代理人弁護士

畑谷嘉宏

根本孔衛

杉井厳一

篠原義仁

児嶋初子

村野光夫

岩村智文

西村隆雄

被告

川崎公共職業安定所長皆木武士

右指定代理人

河村吉晃

堀千紘

勝野功

藤巻優

久保村日出男

川手彰

門倉明道

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和五七年七月一三日付でした中高年令者雇用開発給付金支給決定取消処分を取り消す。

2  被告が原告に対し、昭和五七年七月一三日付でした中高年令者雇用開発給付金不支給決定を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は原告に対し、昭和五七年七月一六日原告に到達の同年七月一三日付中高年令者雇用開発給付金支給決定取消通知書第一号をもって、原告に偽りその他不正の行為があるとして、訴外田辺仙太郎(以下「田辺」という。)、同渋谷実(以下「渋谷」という。)、同井上幸治(以下「井上」という。)及び同鈴野安三(以下「鈴野」という。)に対する別表(一)記載の中高年令者雇用開発給付金(以下「雇用開発給付金」ということがある。)の支給決定をいずれも取り消した(以下「本件取消決定」という。)。

2  被告は、原告の昭和五七年六月三〇日付別表(二)記載の鈴野に係る雇用開発給付金支給申請に対し、同年七月一三日付開発給付金不支給決定通知書第一号をもって、本件取消決定と同様の理由で不支給とする旨の決定をした(以下「本件不支給決定」という。なお、本件取消決定と本件不支給決定とを併せて「本件各処分」ということがある。)。

3  原告は、本件各処分を不服として、昭和五七年九月九日、訴外神奈川県知事(以下「県知事」という。)に対し、審査請求をしたが、県知事は、同五八年四月二日、右審査請求を棄却した。

4  しかし、被告の本件各処分は、原告に、偽りその他不正の行為がないのにあるとしてなされた違法なものである。

5  よって、原告は、本件各処分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし3項の事実は認め、同4、5項の主張は争う。

三  被告の主張

1  原告は、神奈川県川崎市川崎区渡田東町一八番四号を本店とし、商号を山一商事有限会社として、運送業等を営んでいたが、昭和五六年一〇月二〇日、同市幸区小倉八〇五番地に本店を移転するとともに、株式会社に組織変更し、商号も青鋼運輸株式会社と変更して現在に至っている。

2  原告は被告に対し、昭和五五年八月二九日付で、田辺に係る雇用開発給付金(昭和五六年法律二七号による改正前の雇用保険法(以下「旧法」という。)六一条の二、同五六年労働省令二二号による改正前の同法施行規則(以下「旧施行規則」という。)一〇二条の七参照。)の受給資格決定の申請(以下「本件受給資格決定申請」という。)をし、被告は、同月三〇日付で右受給資格の決定をした。

3  その後、原告は被告に対し、昭和五六年二月二三日、同年八月二八日及び同五七年二月一五日付で、田辺に係る雇用開発給付金の支給申請(以下「本件各支給申請」という。)をし、被告は、右各申請に対し、別表(一)のうち、対象者氏名田辺欄記載のとおり同人に係る支給決定(以下「本件各支給決定」という。)をし、原告に対し、同支給額欄記載の雇用開発給付金(以下「本件各給付金」という。)を支給した。

4  原告は、本件受給資格決定申請の際、被告に対し、田辺が昭和五五年五月一日から原告に雇用され、常用労働者として勤務しているにもかかわらず、同人に関する書類等に、同人が大正八年二月五日に出生し、昭和五五年四月三〇日に訴外青松商事株式会社(以下「青松商事」という。)を退職し、同年五月一四日、被告に求職の申込みをし、同年七月二二日、原告への紹介を受け、同月二五日から原告に雇用された旨の記載をして提出し、被告は原告に対し、田辺に係る本件各支給決定をし、原告は同各支給決定に基づき、本件各給付金の支給を受けたものである。

5  ところで、雇用開発給付金の支給を受けるためには、事業主は、労働大臣の定める指定期間内において、高年令者を「公共職業安定所の紹介によるもの又は公共職業安定所に出頭し、求職の申込みをした受給資格者等であるものを継続して雇用する労働者として雇い入れる」場合であることを要する(旧施行規則一〇二条の七第一項二号イ)。そうすると、原告が、田辺に係る本件受給資格決定申請に際し、既に雇用している労働者を、同申請書に被告の紹介により同年七月二五日から新規に雇い入れたように装い、右要件を偽り、本件各給付金の支給を受けたものというべきである。

6  更に、被告は、事業主が偽りその他不正の行為によって雇用開発給付金の支給を受けたときはその支給決定を取り消し、また、同支給申請をしたときはこれを拒否することができるのみならず、当該給付金に係る雇入れの日の属する指定期間内に雇い入れた労働者に係る給付金についても、右不正の行為によって雇用開発給付金の支給を受け、又は受けようとした日以後の分については、その支給決定を取り消し、又はその支給申請を拒否することができるのである(旧施行規則一〇二条の七第三項参照)。

そうすると、田辺に係る雇用開発給付金支給申請書に記載された雇入年月日は昭和五五年七月二五日であるから、同日の属する右指定期間は同年六月八日から同五六年六月七日までの期間であり(労働省告示第四九号)、原告が偽りによって雇用開発給付金の「支給を受け、又は受けようとした日」は、遅くとも田辺に係る第一期分の支給決定日たる昭和五六年二月二六日がこれに該当するものということができる。

その後、原告は被告に対し、渋谷、井上、鈴野についても、右指定期間内に雇い入れた(渋谷は同五五年九月八日、井上は同年一〇月三日、鈴野は同五六年五月二〇日)として同人らに係る雇用開発給付金の支給を申請し、別表(一)記載のとおり、右各人に係る各支給決定を得、また、鈴野に係る同(二)記載の右支給申請をしていたので、被告は、右各支給決定については本件取消決定をし、また右支給申請については本件不支給決定をしたものである。

したがって、被告の本件各処分には何らの違法もない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1ないし3項の事実はいずれも認める。

2  同4項の事実のうち、田辺が昭和五五年五月一日から原告の常用労働者であった点は否認し、その余は認める。

3  同5項のうち、旧施行規則一〇二条の七第一項二号イの規定についての主張は認め、その余の主張は争う。

4  同6項のうち、原告が偽りによって雇用開発給付金の「支給を受け、又は受けようとした日」が昭和五六年二月二六日であること、本件各処分が違法でないことは争い、その余は認める。

五  原告の反論

1  原告が田辺を継続して雇い入れたのは昭和五五年七月二五日からであるから、被告の本件各処分はいずれも事実を誤認した違法がある。

すなわち、原告と田辺との間の雇用関係は、田辺が就労を開始した昭和五五年五月一日から同年七月二五日までの間は、同人の職務適性、継続勤務の意思を確認する等のための日雇い又は試用期間中であったから、旧施行規則一〇二条の七第一項二号イにいう「継続して雇用する労働者」に該当するものでなく、田辺が常用労働者となったのは、被告の紹介を受け、原告が正規の従業員として採用した同年七月二五日からである。

2  仮に、右主張が認められないとしても、原告には、本件給付金の受給に偽りその他不正の行為を行なう故意がなかったのであるから、被告の本件各処分は、右の点に関し、事実を誤認したものである。

すなわち、原告は、前記のとおり、昭和五五年七月二五日以前については、田辺との雇用関係はあくまで試用期間であると認識していたに過ぎないのである。原告は、雇用開発給付金制度を従前から利用しており、不正行為の制裁について熟知していたのであるから、あえてこれを侵して受給取消しを招くような挙に出ることはあり得ないのみならず、被告に対し、田辺に係る同五五年五月分の出勤表及び給与明細等を提出し、被告の調査にも何らの作為なく応じているのであるから、原告に偽りその他不正の行為を行なう故意がなかったものというべきである。

3  仮に、右主張が認められないとしても、本件各処分には、次のとおり、裁量権の踰越又は濫用の違法があるといわなければならない。

すなわち、旧施行規則一〇二条の七第三項は、制裁規定として厳格にすぎる内容であるから悪質な不正行為に限って適用されるべきものであるところ、原告の行為は、悪質な不正行為とまではいえず、また原告は、本件各処分を受けるまで、繰返し公共職業安定所による中高年令者の紹介就職に応じ職安行政に貢献してきたのである。なお、中高年令者雇用開発給付金制度は、昭和五六年法律第二七号による改正後の雇用保険法(以下「新法」という。)六一条の二及び同五六年労働省令第二二号により改正された同法施行規則(以下「新施行規則」という。)一〇二条の四、五の特定求職者雇用開発助成金制度に引き継がれ、新施行規則のもとでは旧施行規則一〇二条の七第三項のような制裁規定は存しないのであるから、被告が原告に対し、本件各処分を行なうことは、裁量権を踰越し、又は濫用したものというべきである。

六  原告の反論に対する認否および再反論

1(一)  原告の反論1項は争う。

(二)  旧施行規則一〇二条の七第一項二号イにいう「継続して雇用する労働者」とは、左記(1)ないし(3)に該当するものをいうところ、右に該当するか否かは、雇用契約の形式はもとよりのこと、実際の勤務形態、賃金体系および支払方法などいわゆる雇用条件全般を総合的に勘案して判断すべきである。

(1) 期間の定めなしに雇用されているもの

(2) 一定の期間を定めて雇用されているものであって、その雇用期間が反覆更新されて事実上右(1)と同等と認められるもの

(3) 日々雇用されるものであって、雇用契約が日々更新されて事実上右(1)と同等と認められるもの

これを田辺について見ると、同人が昭和五五年五月一日に原告に雇い入れられていることは原告も自認するところであり、また、以後、本件受給資格決定申請時及び同支給決定申請時に至るまで、右雇用関係が継続していたこと、右期間中、田辺が夜勤勤務にも従事していたこと及び同人が被告へ求職申込みに訪れた同月一四日にも原告の事業所に出勤していること等の事実は、原告の「出勤表」により明らかであるほか、原告の「給与明細」によれば、原告の従業員の阿部貢の欄には「日雇」との記載があるのにもかかわらず、田辺についてはこのような表示はなく、しかも、同人に対しては住宅手当や家族手当が支給されている等の事実が認められるから、これらの事実を総合勘案すると、田辺が日雇いでないことは多言を要しないところであり、原告に雇用された同五五年五月一日から前記(1)の労働者に該当するといわざるを得ない。

(三)  なお、原告は、田辺は試用期間中であった旨主張するが、試用労働関係については、解約留保権付労働契約であると解されており、このような新規採用者については、解約権が留保されているものの、採用と同時に期間の定めのない本来の労働契約が成立していると考えられるから、仮にこの点が原告主張のとおりであったとしても、前同様に(1)の労働者に該当することは明らかである。

2  同2項は争う。

なお、田辺自身が不正受給であることを認めて本件就職に係る雇用保険の失業給付の基本手当及び常用就職支度金を被告に返還しているほか、そもそも、本件受給資格決定申請に際して原告の作成した「採用証明書」の用紙(被告が交付したもの。)には、「この証明書の雇入年月日が出勤簿等の関係書類と相違しますと、事業主の責任を問われる場合がありますので、必ず確認の上証明してください。」、「(注)雇用年月日記入上の注意 雇入年月日には、雇用契約の最初の日(臨時、パート、試用期間を含む)を記入して下さい。」と朱書きされていて、原告は、右証明書を作成したのは本件が初めてではなく、右注意事項を知っていたにもかかわらず、雇用年月日欄に昭和五五年七月二五日と記入し、雇用契約の最初の日(同年五月一日)を記入しなかったのであるから、原告に不正の意思が存在したことは明らかである。

3  同3項の主張は争う。

雇用開発給付金制度は、就職困難者である中高年令者の雇用開発を推進するため、指定期間内に中高年令者を雇用した事業主に対して国が特に高額の助成(支払った賃金の五分の三、中小企業事業主にあっては五分の四)を行うものであることから、制度の悪用による不正受給を防止し、その実効を確保する観点から、不正の行為に対しては特に厳しい対処を採ることが必要となり、このために、取消等の措置が認められているところ、従来、本件のような不正の行為があった場合には、ほぼ例外なく取消・不支給処分を行っているから、被告が原告に対してした本件処分は何ら非難されるべきところはないからである。

なお、旧施行規則一〇二条の七第三項が昭和五六年五月に改正されたのは、同条項が厳しすぎたからではなく、雇用開発給付金が制度的に廃止されたことによるものであり、原告の主張は誤解に基づくものである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  原告が、当初、神奈川県川崎市川崎区渡田東町一八番四号を本店とし、商号を山一商事有限会社として運送業等を営み、昭和五六年一〇月二〇日、同市幸区小倉八〇五番地に本店を移転するとともに、株式会社に組織変更し、商号を青鋼運輸株式会社と変更して現在に至っていることは当事者間に争いがない。

二  雇用開発給付金は「労働大臣の定める期間(いわゆる指定期間)内において、高年令者(五五歳以上六五歳未満の者)である求職者であって、公共職業安定所の紹介によるもの又は公共職業安定所に出頭し、求職の申込みをした受給資格者等を継続して雇用する労働者として雇い入れる事業主」(旧施行規則一〇二条の七第一項二号イ参照)に対して支給されるものであるところ、次の事実は当事者間に争いがない。

1  田辺は昭和五五年五月一日から原告に雇用され、勤務していたこと、

2  労働大臣の指定期間は昭和五五年六月八日から同五六年六月七日までであること(労働省告示第四九号)、原告は被告に対し、昭和五五年八月二九日付で同人に係る雇用開発給付金の本件受給資格決定申請をしたのであるが、その際、被告に対し、田辺に関する書類等に同人が、大正八年二月五日に出生し、昭和五五年四月三〇日に青松商事を退職し、同年五月一四日、被告において、求職申込みをし、同年七月二二日、原告への紹介を受け、同月二五日から原告に雇用された(当時満六一歳)旨の記載をして提出し、被告は同年七月三〇日付で本件受給資格決定をしたこと、

3  原告は被告に対し、昭和五六年二月二三日、同年八月二八日及び同五七年二月一五日付で田辺に係る本件各支給申請をし、被告は原告に対し、本件各支給決定をして本件各給付金を支給したこと、

4  被告は原告に対し、別表(一)記載の田辺外三名の給付金支給決定につき、昭和五七年七月一三日付雇用開発給付金支給決定取消通知書をもって、原告に偽りその他不正の行為があることを理由に本件取消決定をし、同通知書が同月一六日、原告に到達したこと、

三  原告は、田辺の昭和五五年五月一日から同年七月二五日までの身分は、日雇い又は試用期間中の労働者であったに過ぎないから、前記「継続して雇用する労働者」に該当しない旨主張するところ、仮に、田辺が日雇いの労働者又は試用期間中の労働者であったとしても、原告が同年五月一日に田辺を雇い入れてから同年七月二五日まで雇用関係が継続している以上、同人が原告の「継続して雇用する労働者」に該当しないと断定することは困難であるが、なお、念のため、同五五年五月一日からの原告と田辺との雇用関係について、検討する。

前記事実に加え、(証拠略)によれば、以下の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和四九年一〇月一七日、山一商事有限会社として設立され、同五四年ころ、運送業等を営んでいたが、当該業務に従事する運転手が不足していたところ、運転手の場合には、中高年令者であっても勤務が可能であったので、当時においても、六〇歳以上の高年令者が相当数運転手として採用されていたこと、

2  原告は、しばしば、川崎公共職業安定所からの紹介により、運転手を採用していたのであるが、雇用開発給付金制度の存在を公共職業安定所の広報その他によって知り、右制度を利用すると、雇用開発給付金の給付を受ける限度において、従業員の給与等の支払負担を軽減することができるので、右制度を積極的に利用しようとしたこと、そして、原告の運輸部長であった訴外中野勝(以下「中野」という。)が、川崎公共職業安定所に赴き、右制度の趣旨、内容、手続等について担当者から説明を受けたこと、したがって、原告は、右制度が中高年令者の雇用を促進するため、公共職業安定所から紹介を受け、若しくは公共職業安定所に出頭して求職の申込みをした受給資格者等である者を、労働大臣が指定する期間(指定期間)内に継続して雇用する労働者として雇い入れた場合に、国が助成金として雇用開発給付金を支給するものであることを知悉していたこと、

3  原告は、昭和五四年一〇月二九日付の訴外高野良夫(以下「高野」という。)に係る雇用開発給付金受給資格決定申請をし、同年一二月一二日付で訴外本間清(以下「本間」という。)に係る同申請を、同五五年四月二四日付で訴外村上一二(以下「村上」という。)に係る同申請をし、被告は、右各申請に対し、それぞれ同五四年一〇月三〇日付、同年一二月一三日付、同五五年四月二四日付で、右各受給資格決定申請に係る決定をしたこと、

4  原告の代表取締役(阿部幸志)は、知人から田辺を青松商事に勤務していたときと同じ条件で運転手として採用してほしい旨を依頼されて、これを承諾し、昭和五五年四月三〇日、運輸部長の中野に対し、田辺を同年五月一日から、青松商事と同一の条件で雇用するように指示したので、中野は、同指示に基づき、同年五月一日から、田辺を運転手として期間を定めることなく採用して勤務させ、同人は同日から正規の従業員と同一の条件で夜勤の勤務にも従事したこと、

5  原告の就業規則によれば、従業員の採用につき、二か月間の試用期間中に不適格として解雇されない限り、同期間中の満了の日の翌日から本採用になる場合と、採用者の経歴等により直接本採用になる場合とがあるが、田辺は採用にあたり試用期間等についての説明を受けたことはもちろん、勤務後も、日雇い労働者とか試用期間中の労働者として処遇されたことはなく、かえって、原告代表者が知人の依頼に基づいて同人の採用を決めた関係上、同人の賃金等の給与関係は、同人より古い正規の従業員よりも優遇されており、また、勤務時間等の労働条件も採用された日から正規の従業員らと全く同一であったこと、

以上の事実が認められ、(人証判断略)、その他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告は昭和五五年五月一日から田辺を本採用の運転手として期間を定めずに雇い入れたものと認めるのが相当である。

したがって、原告は、昭和五五年五月一日、田辺を前記「継続して雇用する労働者」として雇い入れたものということができるから、原告の前記主張は採用することができない。

そうすると、原告は被告に対し、田辺を昭和五五年五月一日に継続して雇用する労働者として雇い入れていたにもかかわらず、労働大臣の定めた昭和五五年六月八日から同五六年六月七日までの指定期間内である同五五年七月二五日に右労働者として雇い入れたものとして同人に係る本件受給資格決定申請をし、結局、本件各給付金の支給を受けたものということができるから、原告は、旧施行規則一〇二条の七第三項にいう「偽りその他不正の行為により中高年令者雇用開発給付金の支給を受け、又は受けようとした事業者」に当たるものといわざるを得ない。

四  原告は、本件各給付金の受給に偽りその他不正の行為を行う故意がなかった旨主張するが、旧施行規則一〇二条の七第三項の規定は、事業者についての故意を要件とはしていないことが明らかであるから、右主張自体失当であるが、念のため、原告の右主張について検討してみる。

原告は、田辺を雇い入れる前の昭和五四年ころ、雇用開発給付金制度の存在を知り、その趣旨、内容及び手続を知悉したうえ、従業員の高野、本間及び村上の三名につき、雇用開発給付金の支給申請をしていることは前記認定のとおりであるうえ、(証拠略)によれば、原告が被告に対し、本件受給資格決定申請に際して提出した採用証明書には、朱色で「この証明書の雇入年月日が出勤簿等の関係書類等と相違しますと、事業主の責任を問われる場合がありますので、必ず確認の上証明して下さい。」と記載され、更に朱色で、「(注)雇入年月日記入上の注意雇入年月日には、雇用契約の最初の日(臨時、パート、試用期間を含む。)を記入して下さい。従って一日から出勤することになっていたのに、本人が休んで三日から出勤した場合、又は一日、二日が日曜、祭日等の場合であっても一日を記入します。」と記載されているにもかかわらず、原告は右雇入年月日に田辺を最初に雇い入れた昭和五五年五月一日ではなく、昭和五五年七月二五日と記載していることが認められる。

右の事実によれば、原告は、田辺の雇入年月日につき、昭和五五年五月一日として本件受給資格決定申請をすべきことが明らかであるにもかかわらず、前記労働大臣の指定期間内に雇い入れたように装うために、あえて前記採用証明書等に同年七月二五日と記載し、右申請をしたものと認めるのが相当である。

そうすると、原告は、本件各給付金支給申請に際し、偽りその他不正の行為を行う認識があったものといわざるを得ない。

五  原告が偽りその他不正の行為により本件給付金の支給を受けたものである以上、かかる事業主に対しては、旧施行規則一〇二条の七第三項が「当該給付金に係る雇入れの日の属する指定期間内の雇入れについては、当該給付金の支給を受け、又は受けようとした日以後、中高年令者雇用開発給付金を支給しないことができる。」旨定めているから、被告としては、原告に対し、田辺に係る本件給付金の支給申請を拒否し、支給済みの分についてはこれが支給決定を取り消して返還を求め得るのみならず、本件給付金に係る雇入れの日である昭和五五年七月二五日の属する指定期間である同五五年六月八日から同五六年六月七日までの雇入れに係る従業員についても、田辺に係る本件給付金の支給を受け、又は受けようとした日以後の雇用開発給付金の支給申請については、これを拒否し、また支給済みの分についてはこれが支給決定を取り消してその返還を求め得るものと解するのが相当である。

ところで、田辺に係る第一期分の本件支給決定が昭和五六年二月二六日になされていることは前記のとおりであるから、原告が本件給付金の支給を受け、又は受けようとした日は、遅くとも、同日であると認めるのが相当であるところ、渋谷、井上及び鈴野の雇入年月日が、それぞれ、右指定期間内である同五五年九月八日、同年一〇月三日、同五六年五月二〇日であること、田辺に係る本件各支給決定並びに渋谷、井上及び鈴野に係る昭和五六年二月二六日以後の雇用開発給付金の各支給決定、支給対象期間及び支給額が別表(一)記載のとおりであり、また、鈴野に関し、別表(二)記載のとおりの支給申請をしたことは当事者間に争いがない。

そうすると、被告が本件支給決定を取り消し、又は本件不支給決定をしたことには何らの違法がないものといわなければならない。

六  なお、原告は、被告の本件各処分には、裁量権の踰越又は濫用がある旨を主張するが、(人証略)及び弁論の全趣旨によれば、原告の不正行為による雇用開発給付金の受給は、会計検査院の検査によって発見されたものであることが認められるところ、本件各処分に係る雇用開発給付金の支給額が別表(一)、(二)記載のとおり高額であるから、本件各処分は適正な是正措置であり、かえって原告の右主張は、法が禁止し、防止しようとしている違法な行為を助長するものであり、これが許されないことは自明であるといわなければならない。

なお、旧法六一条の二第三項、旧施行規則一〇二条の六ないし一〇二条の九に定める中高年令者雇用開発給付金の制度は、新施行規則によって廃止され、新法六一条の二第一項二号、新施行規則一〇二条の四ないし同条の七により、高年令者等を雇用する場合に事業者に対して特定求職者雇用開発助成金を支給する制度が設けられたが、右中高年令者雇用開発給付金制度と右特定求職者雇用開発助成金制度とはその内容等にもかなりの差異が存するところから、新施行規則附則二条四項は「施行日前の日における雇入れに係る旧規則一〇二条の六の中高年令者雇用開発給付金の支給については、なお、従前の例による」旨定めている。

したがって、本件各処分には裁量権の踰越又は濫用があったものとは認められず、原告の右主張は採用することができない。

七  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古館清吾 裁判官 橋本昇二 裁判官 足立謙三)

別表(一)

〈省略〉

別表(二)

〈省略〉

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